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道北 イトウ釣りへの旅

 5日の朝、道北の河川を目指して快晴の空のもと車を走らせる。こんな遠征は久しぶりのことだ。イトウ釣り自体はしたことが無いわけではないが、大体がまだ寒さの残る早春の時期であった。今回は旭川在住のTさんと久しぶりの再会を果たせるということで、道北でもイトウ釣りで有名な河川の河口付近を目指す。Tさんと出会ったのはアメリカのフライフィッシングの聖地とでもいうべき、アイダホ州のヘンリーズフォークリバーである。お互いに海外くんだりまで来てこの川の釣りの難しさに鬱屈していた時だったと思う。異国の地での同じ東洋系の風貌の釣り師にどこか懐かしさを感じて声をかけてくださったのだろう。自分はウェストイエローストーンの快適なモーテルから一時間ほど車を走らせて釣り場まで通っていたのだが、Tさんは自分より年上であるのにも関わらず、一か月ほども川近くのキャンプ場にテントを張って釣りをしていたのである。釣りバカを自任していた自分もさすがにそのタフな精神には舌を巻いた。その後、年を隔てて何回か、日本の川よりもヘンリーズフォークで出会うという奇妙な出会いがあったのである。最後にお会いしてからもう10年近くになるだろうか、年賀状のにメーター級のイトウを抱えているTさんの姿を見て、ぜひ遠征にご一緒させてほしいと頼んだところ、快く受け入れてくれたという訳である。
 名寄の街を抜けると急に車の往来が少なくなり人家もまれになってくくる。そのかわりに広々と開かれた牧場に牧草ロールがいくつも置かれている。長閑といえばいえば長閑な光景だがそれは逆に一般の農作物が育ちにくい寒冷な気候であることを意味しているのだろう。

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 音威子府の街を過ぎるころにはほとんど車の姿を見ることはなくなり、深い緑に変わりつつある山が迫る峠を越えた、そんな静かなところにピンネシリという道の駅と温泉があった。以前通った時には記憶がないが、まあそれも10年以上前ことであるから定かではない。建物の中も静かでいかにも鄙びたのんびりとした雰囲気で長時間の運転の緊張が安らぐ。

 
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 ほとんど人が住んでいるのかと思われるような中頓別の家々を過ぎるが、こんなところにもコンビニと郵便局があって、住人の生活を支えるよすがとなっているのだろう。浜頓別の街にたどり着いて人の賑やかさを取り戻す頃には少しずつ薄い雲が広がり、猿払の道の駅に着くころにはすっかりガスがかかり冷気が辺りを漂っている。宗谷岬まで数十キロの標識を見てなるほどさもありなんと思わされる。どんなに暑い日でもこのガスが立ち込めるとすっーと大気から熱を奪い取ってしまう。
 釣り場に行って見るとまだTさんは到着していないようだ、夕まずめを狙うと言っていたからそのころ来るのであろうかと思って川の様子を見に行くと、途中の河川の様子を見てひょっとしてと思っていた悪い予感が当たって、川はコーヒー色に濁っていた。そういえば確かに何日か前、稚内の街には大量の雨が降り注いだと天気予報で述べていたがまだその余波は続いていたのだ。湿原を流れる川はゆったりと流れ、河岸が水を溜めるためか水が引くのが遅かったはずだ。

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 それでもルアーの人たちが何人か川に入っていて霧にかすむ中、竿を振っている。聞いてみると東京から来た人が4人、広島から来ている人が1人、近くのキャンプ場で何日かテントを張っているという。彼らもこの川の色を見て絶望的になったという。しかしそれでも80代を最高に3本のイトウを上げたというのを聞いて驚いた。道外から日程を組んで来たのであるからどんなにひどい状況でも竿を出さないわけにはいかなかったのであろう。逆にこの状況が魚の活性を高めたのかもしれない。そんな苦労はやはり報われてしかるべきであろう。しかしいかにも寒そうに竿を振っている彼らを見て、さすがに自分が竿を出すことはためらわれた。ひとまずTさんが来るのを待つことにしよう。しかし夕方が近づいてもTさんはなかなか現れない。おかしいな、ひょっとしてと思い、待ち合わせの場所の地図を見ると、ひょっとして対岸かもしれない、そういえばTさんの言っていた車の姿と似た車とさっきすれ違ったっけ、あわてて対岸に車を走らせてその車と思しき車から出てきた人に声をかけると、やはりTさんであった。お互いに最初相手のことがわからないように感じたが、すぐに旧知の人として記憶が蘇った。もうかなり前から着いていてやはり川の様子をうかがっていたという。自分の不明を詫び、川の様子を見ながらやはり今日は釣りはやめ、明日の朝からにしようということになった。今夜はお互いに車中泊だ。Tさんの車はさすがに車中泊に慣れているらしくうまく整えられていた。自分の車は軽自動車で今回この車での車中泊はは初めてだったが、オプションで買ったベットを敷き詰めるとかなり下は平となり、まわりに置き散らかされた荷物で狭苦しいながらもなかなか眠りやすそうな空間になった。
 6日 朝3時には起き3時半に川に向かう。こんなに朝早く釣りをするのは久しぶりだ。まだ完全には明るくなってはいなかったが、靄も晴れ昨日とはうって変わって多少明るさを感じさせる早朝だった。広々と広がる川面はいかにも道北の湿原の川を思わせた。

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 Tさんにヘンリーズフォークと似ていますねというと笑っていた。確かに景色は似ていなくはなかったが、流れる水やそこでの生態系はまるきり違っている。川の水を見ると昨日とはそれほど変わっているようには見えなかった。多少心持ちコーヒー色が薄まったかなという感じだ。しばらく見ていると川面にライズの輪ができ始めた。中には魚の大きさを感じさせるような大きく深い輪が水面を揺るがせた。あれは何を食っているのだろう、自分たちはこれからストリーマーを沈めて釣るわけだが、どうにも小魚を追っているようなライズには見えない。それでも久しぶりにダブルハンドの竿を振ってライズしている場所をめがけて毛ばりを落とす。落としては引き、落としては引き、中にはライズのやや上流側に落としてうまく流れに乗せながライズの上を通過で来たような場合もあり、期待しながら引くのだが一向に無反応だ。流している深さが悪いのか、もっと表層を流すべきか、それとももっと沈めるべきなのか、水が濁りすぎているのか、あるいは毛ばりが合っていないのか、それともすれているのかなど考えてみるが初めての場所での釣りだけに判断がつかない。それはTさんも同じだがったがTさんに言わせるとこれまでと比べて水の量や、濁りの状況がかなり違うとのこと。

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 そのうち地元の釣り人らしき人が現れ、鋭いキャスティングで毛バリを飛ばしていたがやはり結果は同じだった。対岸にはガイドに連れ添って来ているらしきフライの人が何か教わりながらキャスティングを繰り返している。また何人かのルアーマンがポイント目指して行き来している。見ていると一人二人魚を上げている。大切そうに写真を撮ってリリースをしているのを見るとイトウなのであろう、それを見るとさすがに羨ましさが込み上げてくる。当りがないのでTさんとはキャスティングをしながら、ヘンリーズフォークの時の思い出話に花が咲く。思えばあの時は魚のライズを目の前にしながら、一向に自分の毛ばりに見向きもしないそんな釣りにすっかり神経をすり減らしたものだ。
 そのうちにライズも止み、干潮が近づいたのか水量が次第に減り隠れていた岸際の砂地が見え始めた。こういう汽水域の川の特徴として大きく潮の満ち引きの影響を受けることは知ってはいたが、これほど大きく水が引くと本来の川筋がわかりその変化に驚かされる。魚のいる場所が狭くなる分狙う範囲も狭まりチャンスのようにも思われたが、投げれど投げれども反応がない。

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 眠気も催してきて時計を見るともう1時を回っている。考えてみると朝飯も食べずにずっと竿を振り続けたのだった。さすがに疲れて車で一寝入りすることにする。
 再び起きてみると、もう既に潮が満ち始めたのか先ほど見えた岸際の砂地も再び水の中に沈み始めていた。勇み立って再び竿を振り始めたものの一向に状況の変化はない。ただ今日は風も時折吹く程度で日差しも多く穏やかな日だ。少しずつ水も澄んできているはずだが目に見えてわかるほどではない。陽が傾いてきて対岸のルアーの人もいなくなったので対岸に渡ってイトウが上がったあたりを攻めてみることにする。対岸から湖に向かう、流れ出しに沿った道には草の伸びた川岸にしっかりと踏み跡ができており、多くの釣り人が足を運んだことが窺がえる。ここはまだ水がどんどん流れ出ていて水位が下がっていて、対岸の潮の満ち引きとは違った動きになっているように思える。ただ水面はいかにもフラットで時折静かなライズが見られる。これはと思い近くにフライを落とすがライズを素通りするばかりだ。岸の上からのキャストはラインが草に絡まないようにとか、後ろの草に引っかからないようにとか気を遣うが、さすがに竿が長いせいかそれほどのトラブルはない。時折竿を振るのを止め湖を眺めると、陽が傾きかけ湖面に反射して美しい。

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 本来ならこの自然の美しさを見、その景色の一部になれることだけで幸せなことであるはずだった。釣りがこの景色を見せてくれているわけだが、魚の姿を見られないということがその景色を楽しむゆとりを無くしているとは因果なことである。日も沈み夕闇が濃くなってきてそろそろ釣りも終了かなと思い、前を見ると鹿が泳いで川を渡っていて自然の奥深くにいることを感じさせる。

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 考えてみるとこんなに日の出から日の入りまで釣りをしたのは久しぶりのことだ。自分にもまだこんなエネルギーが残っていたのかと思う。Tさんのところに戻るとTさんもさすがに疲れてしまっていたようだ。この日はお互いに車中泊の辛さを感じることもなくすぐにぐっすりと眠りに着いた。
 7日 この日は4時、目覚ましを頼っての起床となった。眠い目をこすりながら外に出ると、この道北の地には珍しい快晴である。初日を除いて天気には恵まれていたと思う。惜しむらくは水の濁りさえ無ければと思う。自分たちが昨日入ったところの上流に昨日もいたシングルハンドの人が一人、対岸にルアーの人が一人既に釣りを始めている。昨日の様に勢い込むこともなく、話をしながらののんびりとした準備となった。地元の人は訪れそうな気配もない。今日こそはという思いと、それほど状況は変わっていないのだから結果は同じかなという思いがせめぎ合った。釣り始めたのはもう5時頃になったろうか、川は静かで水位は満ちていた。まだ濁りはあるが昨日よりも確実に透明度は増している。Tさんに尋ねると本当はもう少し澄んで水の色が青く見えるのだがと言っていた。少なくても昨日よりはチャンスがあるのではないかという期待の下、釣りを開始する。それにしてもTさんにいただいた毛ばりは自分のと比べるとどれもみなバランスよくきれいに泳いでいて、自分ももう少し真面目にタイイングをしなければと思う。6時頃だったろうか昨日と同様にライズが始まった。中にはイトウのものと思しきゆったりとした波紋の大きなものも混じっている。やはりこれは小魚を追っている風ではなく、何か水面を流れてきたものを食っているように見える。本来ならこの流れているものを解明してその毛ばりで勝負すべきだとは思うのだが、今回は水面下で水面のもののついでに小魚に似せた毛ばりを食ってくれるのをあてにするしかないし、ルアーでも釣れるのだからこれでも十分に通用するだろうとは思う。今日こそは毛ばりも見え食いついてくれるはずだと思いながらキャストするが、やはり毛ばりはライズを空振りするばかりだ。次第にライズも収まり風が強まってくる。そして昨日同様、潮が引いて水位が下がってくる。


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 今日もチャンスがないのかと思いながら、釣り番組ならば最後の一発逆転があるところだと思う。しかし現実はそう甘くはなく最後まであたりも無く、11時にもなったので今回のイトウ釣りは終了することとなった。Tさんの方はあと一日日程は残っていたのだがあきらめかけてもう今日帰ろうかとも言っていたが、せっかく来たのだし状況も良くなりつつあるのだからと引き留めると、もう少しいて様子を見るということになった。果たしてその後どうなったであろうか。今回の釣れなかったことについては、濁っていたため、すれていたため、食べているものが違った、表層を狙わなかった、逆にもっと深いところを狙うべきだったなど色々と考えてみたが定かなことはわからない。我が釣りの師匠と私淑する開高氏でさえ釣魚大全では全く釣れていなかったではないか。あれは道東での釣りではあったが。Tさんとも再会でき、この美しい自然の中で釣りができただけで十分に良しとすべきだろうと思う。
 Tさんと来年の再会を約し一路札幌に向けて車を走らせる。途中のピンネシリの道の駅は相変わらず長閑で穏やかだった。天塩川温泉でひと風呂漬かりこの釣行を思い返しながら、いつかこの時の釣りの光景が一服の絵として記憶の中に奥深く留まってくれることを願う。

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by kimamani-outdoor | 2016-07-08 12:32 | 釣り